仙台駅で被災し13日東京に帰京することが出来ました。
実は11日(金)14:46大震災の時「仙台駅」にいました。被災してしまいました。
運良く、本日13日帰京でき、記事を書いているところです。
東北新幹線・仙台市在来線完全封鎖
市内停電・断水状態(県庁周りから徐々に回復中)
高速道路は緊急車両用で一般車両は通行不可。
車は給油制限・給油で大渋滞(一般道での関東入りは不可能に近い)
また、タクシーで市外に出られない状態でした。
もし関東に戻れなくて(行きたくて)困惑している方の助けになればと思い記載しました。
現地で被災していないと分かりませんが、かなり情報が錯綜しており、最新情報もありますが、そのほとんどは不確かなものです。
帰京するレポートと合わせて11日からの状況を報告しますが、被災当初こんなに早く帰京できるとは思ってませんでしたので偶然帰れたとしか考えられないです。
11日早朝から
深夜バスで石巻入り、暫く散歩して仙石線で松島海岸へ
松島を数時間散策し、14:03の仙台(あおば通)行きに乗車。
11日14:46 「仙台駅構内2階で地震」
体感時間20秒~30秒 地面が大きく横に揺れて立ってられない状態
構内の天井や地面がギシギシ音を立て大きく揺れる度に悲鳴が聞こえる
天井がポロポロ破損し始めミシッミシッという音と共に水が流れ落ちた所でヤバイと思い外へ脱出。
11日その後
滞在予定のホテルで避難できるという事でホテルロビーで1泊した。
余震は頻繁に発生し、外は雪。寒い。渋滞。救急車のサイレンが鳴り止まない。
ホテル側の従業員さんのおかげで毛布・水を支給され、どうにか3時間位は眠る事ができた。
予備を含め携帯のバッテリーは完全に尽きる。
12日朝
状況の確認のため仙台駅へ
ラジオやワンセグで知った津波の惨状に比べれば大した事はないが、
地震の傷跡は残っている。
仙台駅は完全に封鎖された事が理解できた。
12日昼
食べ物がないため売っているだろう場所へ行ってみると、もの凄い行列。
計3時間位並んで、ある程度スナック菓子や飲料水を購入。
駅主要道路は電気が復旧。ホテルはまだ停電。断水状態。
ホテル側から災害救済用クラッカーを頂く。
12日夜
携帯の充電と情報収集のため近くに偶然に止まったタクシーの運転手さんから
福島内陸4号線の高速バスがあるかもという有力情報があったが
今日は時間的に無理そうなので、明日、行動することして、ホテルに戻る
余震は収まってきたが、一緒に避難している方々の「緊急地震速報」メール音が連発すると
またあの揺れがくるのではと気になってしょうがない。
13日朝
ホテルの電気はつくようになり、水も出るようになった
昨日夜タクシーの運転手さんからの情報で
仙台駅東口の東京行きの高速バスの停留所へ行き情報を収集するも、
結局は運休だと分かり、仙台駅西口の方に移動し、改めて情報収集。
宮城県庁から山形駅行きのバスが走っているということなので、宮城県庁へ移動。(仙台駅から徒歩15分~20分・東二番町通沿いにバス停あり)
東北内陸ルートから日本海側ルートへ変更することに。
13日昼
宮城県庁から山形へ移動、1時間程度
行列は長かったが約30分間に2台来るのでサイクルは早い。(900円)
山形からは以下の3ルートが考えられた
A 山形から「山形空港」経由の羽田着 >
ニュース
B 山形からバスで「新潟駅」上越新幹線経由で東京駅 >
ニュース 運行情報
C 山形駅から在来線で「新潟駅」上越新幹線経由で東京駅
D 山形からタクシーで「新潟駅」上越新幹線経由で東京駅
A の山形空港という選択は、1日3便という事なので、乗れる可能性は限りなく低いと考え候補から削除。
B の山形バスターミナルで新潟行きのバスがあるという事で下車したが、予約が多く数日かかると言う。できればこの山形・新潟間の便を増やして頂きたい。
C の山形駅から在来線の場合、乗り継ぎが悪く、非常に時間がかかる。臨時電車でも出して頂き新潟までの経路をスムーズにして頂きたい。
D 山形まで同乗したYさんのおかげで新潟行きのタクシーを確保して頂いたため、ぼくとホテルから一緒だったKさん、そのターミナルで見つけたSさんと4人で新潟を目指すことに。
所要時間:3時間から4時間
予算:約5万円から(タクシー会社・運転手さんにより差異あり)午前中の方が捕まりやすいかもしれない。
山交ハイヤーの山形訛りが可愛かったWさん(運転手さん)には感謝している。
13日 16時前
新潟駅に到着。乗車券を購入後ちょうどいいタイミングで上越新幹線に乗り込む事ができた。
13日 18時過ぎ
数分の遅れだけで東京に無事到着。
自家用車・レンタカーを使用する場合は給油制限があることをお忘れなく。また、ガソリンスタンドは被害地に近いほど給油渋滞が長いのでご注意を。個人の移動には公共の線を利用し物資・食品の輸送などに開通している道路を使用して頂く事が被災地・被災者のためだと思います。
改めて記載しますが、これは極めて偶然に日本海側ルートで早く帰京できたレポートであり、この方法で帰京する場合、どこかで足止めを食らう覚悟で臨んだ方がいいと思います。
最後に
仙台市市街は海沿いに比べかなり被害が少なかった事に感謝すると共に
帰京に際して情報提供・支援して頂いた関係者様に大変感謝しています。
また、この震災で1人でも多くの無事を祈念すると同時に
残念ながら亡くなられてしまった方、そのご遺族に対して心からのお悔やみを申し上げます。